ナケナイヲンナ



[どうして、こんなことになってんだろうなぁ・・・]
頭はものすごくはっきりして冷静だった。
場所はカラオケボックス。その片隅で、激しく口付けをしているのに。
目の前の人に、なぜだか、貪る様に求められて終わるときを知らないくらいに続いている。
体は熱くなるばかりなのに、反比例するように頭は冷静に冷めていく。

『カラオケ行きませんか。』
短いメールが来たのは今日のお昼。お互い携帯番号を交換したわけでもないから会社のメールに入った。
一瞬目を疑う、周りが外出していてよかったと思った。
同じ会社、でも、接点はほとんどない。だから、びっくりしたのだが。
[知らないわけでもないし・・・。カラオケには行きたいしなぁ]
考えた結果、行こうと思った。純粋にカラオケに行きたかったから。
『いいですよ。誰誘いましょうか?』
と短く返す。返事にまた目を疑う
『誘わなくて良いですよ。8時に出れると思います』
向こうの知り合いでも呼ぶのだろうか。それにしても私を誘わなくても・・・。
困惑しながらも
『了解、仕事上げれるようにしときます』
そのまま何食わぬ顔で仕事に戻った。

仕事を上げたあと社内で一緒になって、カラオケに行く。
「どしたの、急に?なんかあったの?」
ここの人たちは、何かあると誰かを誘ってお酒を飲んだり遊びに行ったりする。
その一環なのかもしれない、最終的に思い至った結論だった。
確かに、この人と話しているとき私は聞き役に回る事が多いのかもしれない。
何かの呑み会で、話をしたことはある。そのときは相手が一方的に話していたが、聞き役にとっては
ありがたい事で、話も楽しかった覚えがある。それでも、いやな事はあるだろうし。
「えぇ、まぁ、ちょっと・・・」
彼は言葉を濁した。言いにくい事を聞くほど野暮な性格でもない。ふぅん、と相槌だけうった。
珍しく電車の中でも何も言わなかった。いつもは何をか話題のある人なのに。
よっぽど思い悩む事なのだろうか・・・。
そんなこと考えながら、適当にカラオケボックスに入る。
部屋に着くと、「今日は歌ってください、あなたの歌が聞きたくて誘ったんですから」
と、言われてしまった。別に歌うのは嫌いではない、だから、嬉しいくらいだった。
「いいの?だったら、何かリクエストがあったら答えますよぅ!!」
無理に明るい声で言った。なんとなく、雰囲気が悪かったのもある。明るい声のほうが、と思ったのだ。
それから、促されるがまま、いろいろなリクエストに答えた。
「次は・・・、ラブラブな感じの曲。」
「う・・・」そういう曲が苦手なの知ってるはずなのに・・・。
「できなければ、罰ゲームですよ」
「ちょっと、それは聞いてないよ!」急な話に瞬時につっこんでしまった。
「今、決めました。できなければ、言う事聞いてもらいます」
「はぅ・・・」
お酒が入っているのと、なんとなしの勢いに気おされ条件を飲んでしまった。
なんとなくうろ覚えの曲ならある・・・。しかし、結果はぼろぼろだった。緊張のせいだろう。
「ラブらぶな曲で、片思いの曲入れてどうするんですか」
「・・・苦手なんだよねぇ」
さて、罰ゲーム『言う事を聞く』ってなにさ。
「俺のした質問に答えてください。拒否権はなしですよ。これが罰ゲームです」
「・・・、できなければ」「お仕置き」なんでやねん。いつもならこのくらいのつっこみはかます。
でも、その場の雰囲気はそれすらも拒むほどの空気だった。
「最近、朝泣いているわけを教えてください」
「!!」
目を見開いて、彼を見る。真剣だった。
「・・・秋の花粉症」
「はぐらかさいでください!俺はいつも見てました。あなたが気付いても気付かなくても。」
ずっと気になってました。朝はあんななのに会社に入ったとたん別人のようで。仮面をつけているようで。
よけいに気になるんです。朝のあんな表情を見せられて、誰にも立ち入るなといわんばかりに笑わないで・・・。
まくし立てるように言うと、息を切らしながらこちらを真剣に見る。
「何とかいってくださいよ」呻く様に呟いた。
「・・・その通りよ。誰にも立ち入ってほしくないの。」
私も真剣な顔になる、でも、頭の中には別のことが浮かんでいる。
どうしても離れない、一人の影。影にすがっているのだ。影に守られているのだ。
「俺じゃ、だめですか。」俯いているその表情は見れない。
言われれば言われるほど、影が私を引き寄せる。心が何処かに飛んでいる様だった。
彼は彼女を見上げるとその表情に何かを感じ取って、近づいた。
「誰が、見えるんですか」
ビクッと肩を震わせる、図星だとばれてしまう。
「誰なんですか。俺は見えないんですか。そいつには頼れるんですか」
触れれるほど近づかれている事に彼女は気付かない。
「似てたのよ」
一言、彼女はポツリと呟く。
「同じ闇を持っていた。不思議なくらい似ていた。出会って間もないのに手に取るように言動がわかった」
頬に一筋の涙、朝見ていた光景だ。
「今、どこにいるかわからないの。わからなくなってから、その存在は私の中で強大になった。」
次から次へこぼれてくる。
「朝は、そんなことを考えさせられる。思い出すの頭が。悪夢のように」
「恋人だったんですか?」
その問いに対して、彼女は頭を横に振る。
「意地っ張りだったから。最後まで、何も言わずに笑って別れた。」
言い終わると同時に、抱きしめられた。
「俺じゃ、だめですか。俺は見れませんか」
「私はあなたよりずっと年上で、おばさんだよ。綺麗でもないし」
抱きしめられても、なお、その目には影しか映らない。
「関係ないですよ。だからなんですか。あなたがそいつを追ってるように、俺はあなたを追ってるんだ」
だから、と話を続ける
「もう、忘れてください。前を見てください。でないとやりきれない」
「忘れたい・・・」
自分でも驚く一言が口をついで出た。
「忘れさせます。俺が必ず、忘れさせますから。」
というと、顎に手を掛け口をふさいだ。

何度離れて、空気を肺に入れて吐き出しても、その次の瞬間また激しく口付けをされる。
常に酸欠のような状態。忘れさせるって、これじゃすべて忘れそう。
彼は気になってはいたのだ。
最近、彼の声を聞くと耳をそばだてていた。そして、すぐに耳をふさいだ。
彼を目で追っていて、気付いて、すぐに目線を下に落とす。
今日だって、彼の誘いだから、受けたようなものだ。こんな事になるとはゆめゆめ思わなかったが。
でも、その気持ちと同時に影が私に笑いかけるようになった。帰る場所をわかっているんだろうと。
どちらにも転べない気持ちを涙で流して、職場にいっていたのかもしれない。
彼はまだまだ若い、私が触れてはいけないような気がしたのだ。
何回かの口付けを済ませて、二人は離れた。
「ごめんなさい」
先に謝ったのは彼だった。
「でも、わかったほしかった。あなたをどう思っているかを。あなたをどれだけ大事に思っているかを」
曲の趣味とか、話を聞いてくれるところとか、似た感覚とか。ちょっとした暖かさとか。
「俺は、あなたが好きです。どうしようもなく好きです」
きっかけなんて、小さなもの、気がついたら気になってて。
「毎朝泣いてるあなたに、どうしても笑ってほしくて」
自分は何もできないのか歯がゆくて仕方なくて、力になりたくて。
「いつも強いあなたしか見た事なくて」
電車で寝ても起してくれる、誰かがへたってもちゃんと仕切ってて。
「どうして泣いているのかどうしても知りたくて」
強いんじゃなくて、実はものすごく弱くて意地っ張りだったとしたら・・・。
「誰の前でもへこたれられないなら、俺の前でへこたれてほしいんです」
その弱さを包んであげたい。仮面を壊してあげたい。
「おれじゃ、だめですか。」
また、同じ台詞を繰り返してしまう。
「・・・。怖くてね。」
ポツリ、彼女は言い出した。
「甘えられるのは好きでも、甘え方を知らないのよ。依存しきってしまう。限度がわからないの。大事なものを壊してしまう」
俯いたまま、でも、声が震えてるきっと泣いているのだろう。
「それに、ずっと一人で飲み込んできた。早々変われない。時間がかかるもの」
「誰も急に変わってとは言いません。10に1つでも言ってくれれば、それでいいと思います。
それから始めましょう。で、だんだん数を増やしましょう。
甘え方も教えます。節度ある甘え方を教えます」
彼女はちょっと笑った。
「節度ある甘え方って。」
「そうですよね。」彼も頭をかきながら笑った。
そして、彼女は何かを吹っ切るように、目の前の彼を見て、
「ありがとう。」と、笑顔で言った後、どもりながら、
「アタシも、その、なんていうか、君の事・・・。・・・気になってたというかなんというか。」
「それって」
「君の誘いじゃなければ、断ってるし」
彼は彼女を抱きしめながら
「それは、俺で良いって事ですよね。」
「違うよ」瞬時に返した。彼は呆然と彼女を見ると彼女は笑って
「君じゃなきゃだめ。あなた『が』良いの」
と、彼の背中に手を回して、言った。

「なんだか、2時間ほとんど歌ってない気がするね」
ちょっとだけ、不満が募るものの、延長も断られ渋々退室する事にした。
「まぁ良いじゃないですか、また、誘いますから。」
彼がそういうと、彼女は真っ赤になって
「純粋に歌を歌わせてよね。」といった。
「まぁ、主体は歌ですから」と、彼は口端をあげる。
「副はなくていいの」
反論しながら、彼女は影に決別できる気がしていた。
あなたも、暖かかった、みんな冷酷だといったけど。でも、彼はもっと暖かい。
だめかな。いいよね。いいんだよね。これからを見るためには必要な事なんだよね。
夜風は体を冷やすけど、心は温かかった。このぬくもりを大事にしようと思った。
「大事にしますから」
急に彼に言われると、同じ事を考えていたのが嬉しくて微笑んだ。
仮面のない、本当の笑顔で。


ふと会社で浮かんだのはすごくキスされながら冷静に考える女。
誰かしら、銀魂の人に当てはめようとしたのですが、その後、場所、男の年齢に縛りがかかったので、
断念して、そのまま世に出す事にしました。
酒と下戸という曲が多少絡んでますが、この曲自体は、山崎の曲だと思うので、
ちょっととっておきます。    10/20

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