理解不能な気持ち


近藤さんが、行き倒れの女を拾ってきた。わけありのようだが彼女を住み込みの女中として雇った。
名前はツキヨミ、でも自分のことをそれ以上語らない。

何でもするといった以上、給仕等々なんでもお願いした。
彼女は一通りの家事はできるようで、完璧に毎日こなしていた。
隊士も、初めての住み込みの女中が嬉しいらしく、積極的に声をかけた。
しかし、ツキヨミは話しかけられるたびに、異常な程に緊張していた。
隊士たちはツキヨミに気を使って話しかけるのを辞めようとしていた。
「わりぃが、そのままツキヨミに接してやってくれないか」
そういって、他と同じように接してもらったのは紛れもない自分。
こんなことで隊士と距離を置いていたらお互い仕事しにくくなる。
ショック療法かもしれないが、人間にも慣れてもらわねぇと。
ここにいて、話ができるのが俺と近藤さんだけって言うのはつらいだろう。
そうこうしているうちに、ツキヨミも他の隊士とも仲良くなったみたいで、あまり緊張はなくなっているようだ。
それでも、
「あ、副長お帰りなさい」
と、誰といても俺を見つけると駆け寄ってくるツキヨミを見ると、なんだか優越感があった。
「しっかり仕事してるか」
「ええ、もちろんです」
そのまぶしい笑顔に、俺は若干怯む。
「がんばれよ」ツキヨミの頭をぽんぽん叩くと、部屋に戻った。
あの笑顔に癒されている気もする。でも、あの素直でまぶしい笑顔を見るたびに俺の胸は切なく甘く痛む。
「まさかな・・・」
近藤さんにも揶揄されたが、そんな感情はとうに捨てたんだ。あいつ以上の女なんているわけねぇんだ。
そんな想いをあざ笑うように胸は痛んだ。
しかし、月日が進むにつれて、ツキヨミは俺を見なくなってきた。
話をするにはするのだが、いつもいつもうつむいていた。
「なにかあったのか?」と言っても、何もないですと言って、顔を上げなかった。

いつの頃からだろう、ツキヨミは思った。
副長さんを見ると、いつもいつも駆け寄っていた。あの人と局長は私の命の恩人。
女中にしてほしいと言う私の我侭を受け入れてくれた人たち。局長はあれこれ話しかけてくれたけれど、
副長は、あまり話しをしない人なので、あまり話しかけてこられない、でも、私は話をしたい。
なぜか、最初から、あの人のそばにいると安心する、心地がいい。
だから、副長の姿を見れば嬉しくて駆け寄った。私の恩人だし、最初から何かと世話を焼いてくれた人。
でも、最近なんだかちょっと自分が不思議だ。
駆け寄りたいのに遠ざかりたい、話したいのに逃げたい、顔を見て微笑みたいのに顔が上げれない。
矛盾した感情だけが私を襲った。
「はぁ・・・」遠くからなら、見れるのになぁ。
私が避けてると感じているのか、副長は私に必要以上に話しかけなくなった。
悲しい、けど、自分の態度を改められる力が自分にはない。
「どうしたんでィ、ツキヨミ」
不意に、声をかけられる、思わず驚いてしまった。
「そんなに驚かなくてもいいでさァ」
「す、すいません」
沖田隊長だった。最年少の隊長さん、容姿端麗なサディスティック星の王子。
「ため息つくと、土方このヤローに襲われますぜ」
「いや、幸せが逃げてくだけだと・・・」
「で、どうかしたんですかィ」
「え?」
「ため息の理由でさ。隊士のうわさですぜ、最近のツキヨミに元気がないと。ね。」
「・・・すいません」
「まぁ、いいや。ちょっとでますぜ。ついてきなせィ」
「え?」
「俺が、仕事を言いつけてんだから、さっさとついてくればいいんでさァ」
「あ、は、はい」
沖田隊長について街中を歩く。さすが容姿端麗、結構振り返って見とれてる人いるなぁ。
そのまま、茶屋につれてこられた。
「話してみなせェ」
「え?」
「悩んでる原因でさァ」
「・・・」
「土方さんのことだろィ」
副長の名前が出て、思わず顔を上げてしまった。そこには黒い笑顔。
「やっぱり」
「・・・わからないんです」
というと、今までの経緯と、今ある矛盾した思いを沖田隊長に伝えた。
「それはずばり、恋でさァ」
「コイ?」
「特別な人ってことだろィ」
「ま、あ、そうですけど」
「いまいちって感じですねィ」
「コイ、って何ですか」
面食らった顔をすると、沖田隊長は腕を組んでうなりだした。
「そればっかりは俺には教えられやせん。自分で見つける感情でさァ」
「じぶんで・・・」
「まぁ、胸が締め付けられたり、ちょっとのことでニヤニヤしたり、苦しかったり楽しかったりですぜ」
「それは、最初から・・・」
そう、最初から、ずっとそんな気持ちを持っていた。でも、最近大きくなってきたのだ。
逢えて、嬉しいとかって次元をはるかに凌駕してしまったのだ。
「へぇ、最初から、ですかィ」
沖田隊長は、飛び切りの黒い笑顔でこちらを見ていた。
思わず、口を押さえるも遅いなんてもんじゃない。
「まぁ、俺も最初から気付いてましたがね。」
「えっ」
沖田隊長は、自分の過程を確定させるために私を誘ったと言う。
目の動きや、副長への対応がそれを物語っていると。
自分でも、気付いてないのに、どうして、この人は・・・。
「まぁ、観察力と洞察力。天才にできないことはないんでさ」
「自分で言いますか」
「とうぜん」
あ、そうだ、というと
「でも、土方さんには気をつけなせィ。」
「どうしてですか」
「あの人は、こっちに来てからどうしてか女にだらしないんでさァ。色町に買いに行くことも少なくない。そんな女と同じ扱いを受けそうなら、俺にいいなせィ。殺してやりまさァ」
「そ、んな・・・」
「嘘だと思いたい気持ちはわかる。しかし、みんな知ってることでさァ」
青ざめた私は、立つこともできずにいた。
「ツキヨミ?」
「そんな・・・、土方さん・・・、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
混乱した私は、混乱したまま意識に突き放された。

「ツキヨミ?」沖田隊長が心配そうな顔をしている。その隣には・・・誰?
「こ、こは・・・」
「万事屋ネ」ピンクの頭の女の子がそういった。
「あの茶屋から、一番近いところに運んだんでさ。急に叫ぶと倒れるもんだから」
ああ、そうか、私茶屋で・・・。
「おねえさん、どっか痛いとこあるのカ?」
「どうして?」
「泣いてるアル」
「え・・・」知らない間に、涙が頬をつたっていた。
「何かあるなら、この神楽様に言うアル。ドンと解決ネ。」そういうと女の子は胸を叩いた。
「お前に言ったら、まとまるものもまとまらねぇよ」
「なに言うアルか!!名誉毀損で訴えてやるアル!!」
「バーか、お前に、名誉なんてもともとないんでさァ」
「馬鹿といったほうが馬鹿アル。だから、お前が馬鹿ネ」
二人のやり取りが面白くて、つい笑ってしまった。
「お、どうしたアル。元気出てきたアルか」
「うん、なんとなく、ね。」
ぎこちないかもしれないけど、少し微笑んで見せた。
「よかったアル。また何かあったら来るといいアル。このサドにセクハラされたとか、意地悪されたとかあったらすぐに駆けつけるアル」
「あれは、お前以外には優しいから、そんなことないでさァ」
というと、私のほうを向いて、
「帰りますぜ、ツキヨミ」と促した。
「ええ。神楽ちゃん、ありがとうね。よかったら屯所にも遊びに来て。今回のことのお礼もしたいし」
「ありがとアル。絶対遊びにいくアル。お姉さん名前は?」
「ツキヨミ、ツキヨミって言います。仲良くしてね神楽ちゃん」
「もちろんアル!!」そういうと、沖田隊長の後をついて万事屋を後にした。

「ツキヨミちゃん!!」屯所に戻ったとたん局長が走りよってきた。
「局長」
「総悟から聞いたよぉ。茶屋で倒れたんだって。休みたかったら休まなきゃだめだよ。真選組の大切な仲間が身内の働かせすぎで倒れたなんて洒落にもならないからね。」
「仲間・・・」嬉しくて、嬉しくて、涙が溢れた。
「え!?ちょっと、どうしたの?俺なんか言った?」
「あ〜、局長ツキヨミ泣かした〜。これはスクープでさァ」
「ちょ、なに言ってるの総悟!!あぁ、ふれまわらないでぇ」
仲間、なんて暖かい言葉、なんて嬉しい言葉。ここの人たちは、私のことを蔑まない、馬鹿にしない。
私の居場所ができたみたいだ。嬉しい、嬉しい。心が温かくなる。
「局長」
「ん?どうした?」局長は笑顔を返してくれる。
「ありがとう、ございます。嬉しくて、つい涙が。仲間だと言ってくれて、ありがとうございます。」
「お礼を言われることじゃないよ。ここで一緒に寝起きをともにして、ともに仕事に励む。仲間と言わずして何と言おう。そうじゃないか」
それにな、と言うと、局長は話を続けた。
「礼は、トシに行ったほうがいいと思うぞ」
「ふ、くちょう・・・にですか」表情を曇らせる私を訝しがりながらそれでも局長は続けた。
「ツキヨミちゃんをここに置いて欲しいって、俺やお上に、何かあったら俺が守ると、そういって説得したのは、トシなんだよ」
「え・・・」知らなかった、そんなに難航したの?そして、それを説得してくれたの?副長・・・。
「まぁ、そういうの、あまり言わないやつだし、知られたくないやつだから、あいつは。口数は少ないが、ツキヨミちゃんのこといつも心配してるよ」
だから、嫌わないでやってくれな、と局長は笑った。
「土方さんは、どこにいんですかィ」
「お上に呼び出されてるよ。まぁ、いわゆる接待だよ。俺も行かないといけないんだけど、トシが、ツキヨミが戻るまでいてやれってさ。じゃあ、俺も行ってくるから。」
ゆっくり休むんだよ〜、と言うと局長は行ってしまった。
「まったく、あの人は相変わらず、でさァ」
「沖田隊長。今日はすいませんでした。お手間を取らせました。」
「なぁに、問題ないでさ。」俺の勘が正しかったのがわかればそれでいいんでさァと言うと
「まぁ、ゆっくり休んで、自分と話し合ってみなせェ」
といって、さって行ってしまった。
私は、私は副長を土方さんをどう思っているのだろう・・・。


本当はこのくらいで最初の話につなげるはずだったのですが、意外と長くなりました。
そして、沖田さんが勝手に土方さんは色街になんていうものだから、どうして色街に行くか
考えなくてはならなくなり、余計に煮詰まりました。
                                             20080330
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