名も知らぬ娘きたりて

「ここまで・・・くれば・・・もう」
そこで意識に突き放される。

『早く支度しろ!!殺されてぇのか』
『すいません、すいません』
『まぁまぁ、そんな怖い事いうと何もできなくなりますよ。くくっ・・・』
その顔で私を見るのはやめて、そんな事言ってもあなたも・・・、私を享楽の道具にしか見ていないくせに。
誰も誰も人間として私のことを見てくれていないくせに・・・。

目が覚めると知らない天井。大きな部屋。ここはどこ・・・。
「気がついたか?」
みると、知らない男の人が笑顔でこちらを見ている。
「いやっ、いやぁ!!」
脂汗が絶えない、頭が割れるように痛い、人が・・・怖い。
「おいっ、どうしたんだ!!何があったんだ!!」
「こないで、こないで!!」
狂ったように叫ぶと、また記憶が遠のく。

「なんなんだ・・・」
松平のとっつあんに呼ばれた帰り行き倒れの女性を見つけた。
ほおっておけなかったので、そのまま屯所に担ぎ上げ見てもらった。
女の顔には青痣があり足元は履物も履かずに歩くなり走るなりしたのだろう足の裏が擦り切れすぎている。
いったいこの娘なにがあったのだ。
そして、目が覚めると狂ったように人を拒む。
この娘はいったい・・・。とにかく少しの間留守にしなければいけないのに、このまま目が覚めたら自害でもしかねない。
「トシ!!トシはいるか」
呼ぶとすぐにトシは部屋に着た。
「どうした近藤さん」
「すまないがちょっと願いがある」
「なんだ」
「俺は少しどうしても屯所から出なければならない。その間この娘を見ていてほしい。」
「ああ?」
トシは俺の奥で寝ている娘を見た。
「何だ、この娘は」
「屯所のそばで行き倒れてた。足元の感じ顔の痣それと先ほど一回目覚めたのだが少々錯乱している。俺がいない間に目覚めて自害する可能性もなくはない。だから、見張っててほしい」
足元の布団を取るとトシは顔を顰めて
「この娘、何者だ」
俺と同じ感想を持ったようだ。
「わからん、しかし、命からがら逃げてきたようにも見える。なんせ、そこまで近くにいない俺をくるなと叫んだくらいだ。何かあったのだろう」
「何も聞けてもねえのか」
「ああ、聞くどころじゃないくらい錯乱していたからな。」
とにかく、ならべく早く戻るから頼むぞ。というと俺は部屋から出た。

この女何者だ?この顔の傷、この細すぎる体躯、血まみれの足。なにがあったんだ。何がそうさせたんだ。
いぶかしげに眺めていると、目が開いた。
「気がついたか?」
俺としては穏やかに話しかけた。
「あなたは・・・死神?」
「俺は人間だ」
「私は・・・生きているんですか」
「ああ」
「・・・死なせてください」
なに?思うより早くそいつは懐刀を抜いてその身に当てようとした。とっさに手で刃を押さえる。
流れる血を見てそいつは慌て出した。
「どうして!!何でこんなことをするんです!!」
「いいか。何があったかしらねぇが、自分から命を捨てるんじゃない。捨てたくなくても死んでゆくやつなんてごまんといるんだ。」
そいつは青ざめながらこくこく頷いた。
「山崎!!」
呼ぶと、山崎は飛んできた。
「はいよっ、何ですってどうしたんですか!!何してるんですか副長!!」
「いいから、お前ここにいろ」
「でも副長・・・」
「俺は手当てに行く。すぐに戻るからこいつ見張ってろ」
俺は山崎にその場を任せると部屋から出て自分の部屋へ向かう。
自室で、手の傷の処置をしながらあいつのことを考えた。
死にたい・・・、そして足の傷と顔の痣。ますます何がなんだかわからねぇ。
そして、この懐刀。あいついよいよ何者だ。
とりあえず、名前と住んでる所でも聞いてそこに戻すか。
部屋に戻ると、山崎の声が聞こえた。
「山崎。悪かったな。」
「副長、もう大丈夫なんですか。」
「傷は浅いもんだ」
「では、夕食の支度があるので、俺はこれで。じゃーね。」
山崎はそういうと出て行った。俺とすれ違いざま、
「あの娘、頑なに自分のことは話そうとしません。ちょっと厄介かもしれないです」
とだけ言って笑顔で出て行った。
ふう、と一息つくと
「おい、この刀どこで手に入れた。」と刀を見せると目を開いて
「返して!!」と躍起になって取り返そうとした。
「いや、当分返せねぇ。お前に返したら、また死のうとするだろう。」
あいつは、押し黙ってしまった。
「名前は?」
山崎の言う通り、自分のことをまったく話そうとしない。
「どこから来た、この刀はどうして持っている」
そいつは押し黙るばかりだ。
「俺の名前は土方十四郎。ここ真選組で副長をやっている。」
「真選組・・・」
「幕府の特別警察だ。帯刀の許可も得ている」
「幕府・・・、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
幕府という単語に反応したかと思うと、急に叫びだした。
「おいっ、どうした!!」
「いやっ!!こないで!!こないでぇ!!」
何を言っても聞きそうにないくらいの錯乱した様子に一瞬怯んだが
「おいっ!!大丈夫だ。ここは安全だ。落ち着け」
耳を塞ぐ手に自分の手をそっと添えてまっすぐそいつを見つめる
「いや、いやだよもう、いやだ・・・」
そいつは、俺を見ているようで、別のものを見ているようで焦点がはっきりしない。その目からは涙が流れている。
無意識に俺はそいつを優しく抱きしめていた。
「大丈夫だ、大丈夫だから落ち着くんだ。」耳元で優しく話しかけ背中をぽんぽんと叩いた。
その直後、身体から力が抜ける。俺は、そいつを寝かせると
「なぁ、名前だけでも聞かせてもらえないか」
「・・・ヨミ、ツキヨミ、月夜の海でツキヨミ」
「ツキヨミ・・・いい名前だな」
返事はなかった。
「刀は、どうした。」
「両親の形見です」
そうか、短く返事をすると、
「しかし、悪いがお前が死なないとわかるまで返せない。当分俺が預かる」
拒否も肯定も返事がなかった。
「どの道、当分お前は起きれないよ。足の裏がすりむけちまって、当分は寝たきりだろう。ここでゆっくりするといい」
目を見開いてこっちを見たときちょうどふすまが開いて近藤さんが帰ってきた。
「悪かったなぁトシ。どうだったってどうしたのぉぉぉ、トシィ」
「ちょっと中丸デパートのドアにはさんだ」
俺は近藤さんに詮索しないように表情で伝えると、察してくれたようで、
「お前はいつもそんなことばっかり言うなぁ」
というと、俺の隣に腰を下ろした。
「どうだ、ちょっとは落ち着いたのかな。ええと、名前は」
「ツキヨミって言うんだと」
「ツキヨミちゃんか。いい名前じゃないか」
近藤さんは、自分の自己紹介をすると、
「そうだ、そろそろ夕飯のはずだ。ツキヨミちゃんの分、こっちに運んでやるよ。俺たちの分も。一緒に飯にしよう。」
と、言うと、山崎の飯はうまいぞ、すぐに元気になるぞ、というと、
「準備してくるから、ゆっくりしてろよ」
といい、俺と一緒に部屋を出た。
部屋を出ると、俺に向きなおり、
「で、あの娘のこと、何かわかったか」
「うーん」俺は、今までのことを端的に語った。
「幕府に反応する、か。幕府関係者か?」
「さあ、わからねぇなぁ。でも、あの錯乱状態。幕府にいい感情を持っているとは到底思えねぇ。」
「どこから来たかいってたか」
「その話はぜんぜん何も」
「困ったな・・・」と近藤さんは顎を擦った。
「それなんだが近藤さん。あの子、ここで雇えねぇかな」
「へっ!?」近藤さんは俺を不思議な眼で見てる。
「いや、戻そうとしたら自害しようとして刀振り回してな。多分戻る場所は頑なにいわねぇ。」
だったら、俺は言葉を続ける
「ここで雇えば金は出るだろう。最初のうちにここに住まわせてやって金ができたら、どこかに移せばいいだろう。それに給仕の手も足らないんだし」
「ああ、そうだな・・・、しかし」というと近藤さんは今度はニヤニヤしだした。
「なんだよ」
「いや、お前がみずしらずの他人のために珍しいな、と思ってな」
「なっ・・・、困ってるやつを助けるのは道理だろう。あんただって、行き倒れになってたあいつを担ぎ込んだんだし」
「はいはい、言い訳はいいから。」とにやけながら俺を見つめると
「トシ、恋はいいぞ。日常が甘く楽しくなる。」といって俺の肩を叩いた。
「だから、違うって言ってるだろう。近藤さんよぉ」
「まあまあ、顔真っ赤にして言うせりふじゃねえぞ、トシよ」
「っ・・・。これは、近藤さんがからかうから」
「とにかく、当分はどの道彼女をおいてやらないとだめだろう。あの足では立つことすらままならないだろうし。」
「ああ」
「しかし、あの足で歩いてたんだよな。よっぽど何かあったんだろうな。」
「ああ」
あれだけ足の裏が擦り切れていたら普通なら歩くことすらままならないはず。それを凌駕する何か・・・。
「さて、食事を取りにいこうか」
「そうだな」
食堂に行くと、山崎がみんなの飯を給仕していた。
「山崎、俺とトシはあの子のそばで飯にしようと思う」
「はいよっ。あの子の調子はどうですか」
「名前を言ったよ」ツキヨミというそうだ、と続けると
「あ、よかったですね。俺のときは何も言わなかったから口もきけないくらい何かあったのかと。」
「で、ツキヨミちゃんの分もあるかな」
「もちろん、消化がいいように卵粥にしてみたんですよ」
「さすがザキだな。」近藤さんはにかっと笑うと
「悪いがザキよ。ツキヨミちゃんの食事を部屋へ運んでくれないか。あの子は動けないから。」
「どうしたんですか」
「足の裏にかなりなまでの擦り傷がある。当分は歩くこともできないだろう」
「そうですか、じゃあ当分ここにいそうですね。給仕考えておきます」
「すまないが頼むぞ」
そういうと、食事を持って部屋に戻った。

しばらくすると、足の怪我も治って、歩くことも自然にできるようになってきた。
しかし、依然として、どこから来たのかもどうしてこんなことになっているのかも言わなかった。
そんなある日
「ツキヨミちゃん。具合はどうだ」
「近藤局長、土方副長・・・」
俺たちを見るなり土下座をして、
「お願いです。私をここにおいてください」と額を畳に擦り付けた
「何でもします。掃除でも、洗濯でも、料理でも。だからだから・・・」
ここからおいださないで・・・。涙ながらに俺たちに訴えた。
「ツキヨミちゃん。」優しく話しかける近藤さんにツキヨミは目を向ける。
「むさい男所帯だけど、みんながさつで煩いけど、いいかい?」
きょとんとしているツキヨミに俺が
「こっちも男所帯で給仕なんかの人手が足りないんだよ。よかったらやってくれるか?」
「もっもちろんです!!私でよかったら、ここにおいてください。お願いします!!」
「じゃあ、とりあえず食堂に来てもらっていいかな。みんなに紹介しないと」
「はいっ!!」

こうして、ツキヨミは俺たちの仲間になった。


という事で、いまさらですが、ツキヨミちゃんの初めの話。
縛りが多かったので、考えるのが辛かったです・・・。
でも、姉上様3部作で、ここに繋がる話を書いてしまったのもあって、書いてみようかなんて思ったのが
きっとこの苦難の始まりでしょう。
新しい話も作っているのに、いまだに最初の話に繋がるところまでこないので、こっち先に書いてます。
                                                              080309
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