酒と下戸

いつからだろう、あの人が他の人と話すたびに胸が痛むのは。
いつからだろう、あの人にあこがれだしたのは。
いつからだろう、あの人の声に耳を澄まし、その耳をすぐ塞ぐ様になったのは。
いつからだろう、あの人のことで、こんな矛盾した感情を抱くようになったのは。
イツカラダロウ・・・。

監察という仕事がら、他の隊士との生活リズムや勤務体系はずいぶん違う。
昔からの事で、わかりきってるはずなのに・・・。
真選組の頭脳、鬼の副長土方十四郎。孤高のあの人にいつもべったりくっついていた幼い俺。
でも、俺も成長して、監察の仕事を始める頃、彼は多忙を極め誰とも話さずにすべてを抱え込んだ。
見かけは普段どおりだけど、近くにいた俺にはわかる。
精魂尽き果ててる、ぼろぼろになってる。
あんな、張り付いたような笑顔を俺は知らない、あんな焦る顔を俺は知らない。
俺は、あの人の本当を知っている。だから、話す声ですら聞きたくない。

「山崎ぃ〜、のんでんのかコラァ」
土方さんの罵倒が聞こえる。そんな遠くから話しかけなくても、周りには副長を慕う隊士が山のようにいるのに。
「トシ、山崎が困ってるぞ。山崎も嫌なら嫌と言ってやったほうがいいぞ」
「俺は、いつもの事ですから」
なぜか、俺は副長と局長それと数人の隊士と飲んでいる。
久しぶりに非番になったので、久しぶりだから、何をしようか考えていたら、急に副長が部屋に来て、
「広間で飲むぞ。お前も来い」
と、藪から棒に言われると、つれてかれてしまった。俺には拒否権はないわけで。
で、現在に至る、副長は何があったのか、さして強くもない酒をあおっている。
「局長、今日は何かあったんですか?最近屯所にいないからわからなくて。」
いったいどうして、酒を飲む事になっているのだろう、そして、副長のあの苛立ちは何から来ているのか。
「それが、俺もよくはわからんのだよ。トシが酒がのみたいと言い出してな」
「そうですか・・・、また、沖田隊長のちょっかいですかねぇ」
局長と話してると、妙な視線を感じる、その方向を見やると、副長と目が合った。
副長は、俺を睨むと無言で酒をあおって、近くの隊士に次を注がせている。
何がそんなに気に入らないのだろう、俺、明日非番とりあげかなぁ・・・。
どれだけ飲んでいたんだろう、広間には俺と局長と副長だけになった。
「トシ、もう遅い、部屋にもどれ」
「まだ、足りねぇよ」副長の目が完璧に据わってる。
「はぁ・・・、どうするかなぁ」局長は困った顔で鼻をかく。
「あ、俺、明日非番ですから、局長は先に戻ってください。副長は部屋まで送りますから。」
「そうか?すまないな。山崎、トシを頼むな」
おやすみ、といって、局長は広間を出た。

広い部屋に副長と俺だけ、部屋以上に副長との距離が遠く感じる。
局長にあんな事言いながら緊張して、声もかけれない。
副長はそんな俺を知っているのか知らないのか
「やまらきぃ〜。さけぇ、酒もってきょいよぉ〜」
と、ろれつも回らないのに、酒を所望する。
「副長、もう遅いですよ。せめて、部屋で飲みませんか」
「うるせー、そんな遠くから、俺に話しかけんな、バカヤロー」
何に、怒られてんのさ俺。
「はいはい、そっちいって話せばいいんですね。」
なんていって近づくけど、心中穏やかじゃない。表面的に平静を保ててるのだろうか。
「はいは1回。バカにしてんじゃねぇぞ」
「バカになんてしてませんよ。」
悪態つかれ、それを返しながら酒を注ぐ。これが終わったら逃げ出したいくらい緊張している。
でも、気になるのも確かな話で。どうして、こんなにこの人は荒れてるんだろう。
「副長、今日はどうしたんですか?やけに荒れてないですか」
「荒れてねぇ」一気に杯を空け、俺に注げといわんばかりに出してくる。
お酒を注ぐと、その杯をじっと見て、
「荒れてねぇよ」と、副長は呟き、また、一気に杯を空ける。
「あの・・・、俺じゃ頼りないかもしれないですが、話くらいは聞けます。
明日非番ですから、一晩付き合えますよ」
勇気を振り絞って、言ってみた。俺の精一杯。でも、副長は
「しつけーな、何もねぇっていってるだろ」と、かたくなに拒んだ。
荒れてる原因もお酒をあおる原因もなんとなくわかる。
誰かに、自分の心情を感情を話したいのだろう。口のすべりをよくするために酒を飲むのだ。
俺は監察何だから、そのくらいわかっている。そして、それでも口のすべりがよくならずに
焦って、荒れているのだろう。しかし、何が言いたいのだろう、それはわからない。
俺が考えていると、副長は急に立ち上がり
「気分わりぃ、部屋戻る」
と、言い出した。吐きそう・・・、ではなさそうだ。じゃあ、俺のせいか?
立ち上がったはいいが、ふらふらしている副長を見るに見かねて、
「送りますよ。そんなふらふらされたら見てられないですよ。局長からも頼まれてますから」
言ったとたん、副長はより不機嫌な顔をして、
「一人で平気だ」
といって歩き出した矢先に、柱に激突した。
「まったく・・・、つかまってください。心配で見てられないですよ。いきますよ」
というと、俺は副長の腕をとる、副長は渋々ながら従っている。
副長の部屋に入り、隣の寝室に布団を敷く。副長は水を飲んで、ぼんやりしている。
「副長、布団しけましたよ。大丈夫ですか。俺戻りますからね。」
と、寝室から出て話しかけると
「一晩相手してくれんじゃないのか」と、副長は言い出した。その顔は昔見た副長だ。
「えっ・・・」でも、さっきだって・・・。困惑していると
「ふん、冗談だよ。・・・明日は非番だろう。ゆっくり休めよ」
みるみるうちに副長の顔が「いつも」の副長になった。
しまった、俺は焦った。少しだけでも頼ろうとしていたのに。驚きの顔を迷惑と捉えたか。
ああ、どうしてあなたは自分のことに不器用なんですか、どうして独りになろうとするんですか。
どうして、もう少しだけ周りにその背負ったものを預けようとしないんですか。
どうして、どうして自分ひとりがすべてをかぶろうとするんですか。
今を逃したら、こんな事いえない、こんな行動にでようと思えない。
布団に向かう副長の腕をつかみ、布団に放り投げると、その上にのしかかった。
お酒が回ってるのが幸いしているのか、副長は瞬時の出来事に何が起こったか判断できない。
「どうしてですか。もっと誰かを・・・俺を頼ってください。あなた一人がすべてを背負う事なんてない。
自分で自分を追い詰めて・・・。昔の笑顔はどこにやったんですか!!」
そのまま俺は、副長の耳元で、
「おれ、副長・・・、土方さんが好きです。だからこそ、今のあなたを見てられない」と囁く。
それ以上何も言えずに、そのままでいると急に視界が反転して、天井と副長が俺の視界に入った。
「やっぱり・・・、泣くな山崎」さっきまでの酔っ払いはどこに行ったのか。
副長は、冷静になっていた。形勢も体勢も逆転して、今度は俺が興奮して何いってるかわからない。
「もう、そんな・・ぼろぼろな土・・方さん、みて・・・られない。そんな、ひどい声・・・聞きたくない」
自分の思いを伝えるのに必死だった。
「辛い辛いって、体から、でてきてるのに、みんな気付かなくて、だから、土方さんの声が酷くても
誰も気にも留めなくて・・・。俺は戻るたびいつもすぐ耳を塞いでしまって・・・。」
そんな声を聞きたくて、あなたの声に耳を欹てた訳じゃないのに・・・。
土方さんはそんな俺の頭をずっと撫でていてくれた。そして、
「ごめんな、山崎。」といわれると、俺は、何かが切れたように泣き出した。
俺が落ち着くと、副長はいろいろな事を話してくれた。
仕事の事、沖田隊長の事、局長の事、自分の立場の事。表情もなんとなく柔らかくなっていった。
「今日は、誰かに・・・じゃなくて、山崎にそういうことを聞いてもらいたくて、酒を飲んだんだ」
「俺に・・・、ですか?」
「最近、避けられている気もしたんでな。」
悲鳴を上げている様に聞こえる副長の声を聞きたくなくて、会わないようにしていたのは確か。
「それは・・・「それに、お前近藤さんとばかり話して俺にまったく話しに来ないし」
「それは、土方さんの周りには人がいっぱいいて、俺なんか入れないから・・・」
「お前が、近藤さんのこと好きなのは構わないが・・・、その、俺は・・・」
あれ?副長?俺の一世一代の告白覚えてないの・・・?
「ちょ、ちょっと待ってください、土方さん。俺、土方さんが好きだってさっき言ったじゃないですか」
というと、副長は黒い笑みを浮かべて
「もう一回」
と言い出した。その時俺は誘導されたと悟り、真っ赤になりながら
「知りません!!」とそっぽを向いた。
そんな俺を副長は優しく抱きしめると
「でも、今日は近藤さんに嫉妬したよ。お前と楽しそうに話してるし。俺だって、お前と話ししたいのに」
だから、さっき睨まれたのか・・・。ヤキモチやかれてたのか、ちょっと嬉しい。
「山崎、俺もお前が好きだよ。お前には不思議といろいろな話ができる」
素直になれるって事、かな・・・。と、囁かれると、強く抱きしめられた。
副長の顔見たかったけど、それを阻止するためなんだろうなぁ。
「ありがとうございます。俺でよかったら、話し相手になりますから。」
「話し相手?コイビトの間違いだろ」
見上げる土方さんは優しい笑顔。
「俺がお前を好きで、お前は俺が好き。他に何がいる?」
「土方さん!!」俺は副長に抱きついた。
「まずは、今日一晩付き合ってくれるんだろう」
「ええ、明日非番ですから。副長は大丈夫なんですか?」
「俺も明日は非番だよ。」
「じゃあ、明日も付き合いますよ。土方さんさえよかったら」
副長は俺の頭を撫でると
「ありがとう、山崎」と、嬉しそうに言ってくれた。
「とりあえず、今日は一緒に寝るか。布団の中の方がいろいろ話せそうな気がする」
「いいですよ」
副長の腕枕で隣に寝かされる。副長は本当にいろいろな話を俺にしようとしているのだけど、
睡魔に襲われて、話しが進まない。
「土方さん?」
「ね・・・、眠い」
「今日は、もう寝ましょう」
といった俺の声が届いていたのかいないのか、副長は眠りについていた。俺もその横で眠りについた。
翌朝、副長から聞いたのだが、どうもここの所睡眠不足だったらしい、というか眠れなかったとか。
「昨日は、安心して、眠れたんだよ。山崎のおかげかもな」
というと、俺に微笑んだ。

あれから、副長の声は、そんなに酷くはなくなった。
だって、俺だけじゃなく、他の人にも仕事を振る事ができるようになってきたから。
自分ひとりで背負い込まなくなったから。
もう、安心してみてられるなぁ。と思ってたら
「どうした、また、変な声出してたか」と聞いてきたので、
「大丈夫です、いい声ですよ」と、返事した。
そうか、と副長は言うと
「お前のおかげで、悪循環から脱出できそうだ。ありがとな。」と、笑った。
「お役に立てて何よりです」と小さい声で言うと
「これからも頼むぞ、マイハニー」と囁かれた。
そして、真っ赤になってる俺を黒い笑顔で見ながら上機嫌で行ってしまった。
「こちらこそ、お願いしますよ、だ、・・・ダーリン」

あなたの悩みは俺が解決します。俺の悩みはきっとあなたがいれば吹き飛ぶから。
二人でいれば、きっと、何も怖くない。恐れない。心にあなたがいるから。


ダーリンハニーは言わせたかっただけです。土方さんとか、あっさりハニーとか言いそうだし。
山崎が泣きます。うちの退は泣き虫です。
おかしいなぁ、こういう話を書くつもりでもなかったのに。
背景としては、押し倒すまではしたものの、女性経験・男性経験ともに乏しい山崎は、土方さんに勝てないと。
本当は、山崎に歯の浮く台詞の一つでも言わすつもりだったのですが、そうすると健全な小説になりにくかったので、
それは捨てました。
不健全な小説も書き終えてるんですけどねぇ、後はここに載せるか否か。
                                                        12/2

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